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■ 樋口 一葉 居住地跡
Ichiyou Higuchi
明治中期の女流作家・歌人

明治5年(1872)、南町奉行所同心であった父、樋口則義、母たきの長女として生まれた。
明治21年(88)一葉、17歳の時、父の仕事(神田錦町の荷車請負組合で事業)の都合で高輪から表神保町2番地(神保町1−21〜23付近)に引っ越してきたが、父の事業が失敗し翌年には病没した。一家は生活に窮迫して、明治23年文京区の菊坂の借家へ移った。
樋口 一葉
(1872〜1896)


樋口 一葉
母、妹三人の女所帯の戸主として洗濯や針仕事をして生計を立て、貧窮のなか中島歌子の「萩の舎」へ内弟子として入り、半井桃水に師事、作家を目指した。
やがて「たけくらべ」「にごりえ」など庶民の哀感を綴った秀作を発表。名声を得たが過労のため結核を発病。明治29年(1896)24歳の若さで亡くなった。
現在の神保町1−21〜23付近
樋口一葉 居住地跡 概要
所在地 神保町1-21〜23付近
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