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■ 新島 襄 生誕地
Jou Niijima
学士会

学士会は、明治19年(1886)に創立されました。
学士会は東京大学、京都大学、東北大学、九州大学、
北海道大学、大阪大学、名古屋大学及びその前身の帝
国大学、(旧)京城帝国大学、(旧)台北帝国大学出身の
学士、大学院出身の修士、または博士、学長、教授、
助教授またはその職にあった資格を備えた会員により
構成されています。

学士会館
新島 襄
(1843〜1890)

新島 襄
明治初期の宗教家・教育者・同志社の創立者。

上野(群馬)安中藩三万石、板倉伊予守の家臣の子として
藩上屋敷(学士会館付近)で生まれる。長じて藩士となり
蘭学を修めたが、1864年脱藩し密航。米国に渡り受洗し
てアーモスト大学を卒業。維新後、岩倉具視遣外使節に
随行、各国の教育制度を調査。帰国後、京都を拠点に伝
道。75年同志社英学校、77年同志社女学校を創立。つい
で大学設立を目指し尽力中に没。
森 鴎外
(1862〜1922)

森 鴎外
明治・大正期の小説家、軍医
石見国(島根)津和野藩医家出身。

東大医学部卒業後、陸軍軍医となり、ドイツ留学。帰国後職務の傍ら小説・翻訳・評論活動に従事。
90年「舞姫」以後「うたかたの記」、「即興詩人」などの創作とヨーロッパ文芸の紹介に努力。1907年軍医総監、17年帝室博物館館長、図書頭。
また、東京医学校(東大医学部)教授として後進の指導にあたった。
中浜 万次郎
(1827〜1898)

中浜 万次郎
土佐中浜村出身の漁民(ジョン 万次郎)

41年出漁中に難波、漂流中に米国の捕鯨船に救われ、米
国で教育を受け51年帰国。土佐藩士に任用され、島津斉
彬に認められ、ペリー来航に当り、幕臣に登用。翻訳・
通訳に従事。60年成臨丸の通訳として幕府遣外使節に随
行。維新後は開成学校英学教授となる。
新島襄 生誕地 現在
学士会館 概要
所在地 東京都千代田区錦町3-28
お問合せ先 TEL 03-3292-5931
備考
広域マップ
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